[五条楽園] 五条楽園 その1 休日昼間の楽園はいかに?

「五条楽園」のレポートを数回に渡ってしようと思います。
個人的に、全国の花街・遊廓跡を歩いて回りたいと思っているんですが、その資料集めの中で見ていて京都の中で一番オモシロそうだと思って目をつけていたのでした。

五条楽園は、「遊廓跡」というわけではなく、実は今でも「生きている」のです。
五条楽園と呼ばれる前は「七条新地」と呼ばれていました。その前は「五条橋下」と呼ばれていましたが、もう少し南にあった「七条新地」と合併して「七条新地」になったわけです。
昭和33年の売春防止法の施行で「五条楽園」と呼ばれるようになりました。
戦前は、芸妓と娼妓が混在する花街でしたが、戦後はいわゆる「赤線」になりました。

5年前の資料では、お茶屋20軒ほど、置屋が3・4軒だそうです。
昭和40年くらいに出た資料では、お茶屋84軒、置屋16軒、旅館15軒、バー・スタンド19軒で芸妓100人くらい」とのことで、相当盛り上がっていたみたいです。

五条大橋の西側のたもとを木屋町通に沿って下ると、すぐにおしゃれなカフェがありますが、その脇の道を左に折れるとこんな祠があります。
五条楽園のすべてを見てきたんだなあと思うと、「先輩!」と呼びたくなりますねw
一拝みしておきました。

実はどこからどこまでが五条楽園なのかは知らなかったので、この日は「木屋町通・正面通・鴨川」の範囲を歩きました。
実際は、「河原町通・正面通・鴨川」ということらしいのですが、定かではありません。

休日の昼間ということもあって、上の写真の様に、ほとんど人が歩いていません。
ボクとしては、「泊まりで遊んだおっさんとか、上がりのおねーさん方がいるんじゃないか」と思っていたんですが、全然でしたね。

ただ、この日は「えべっさん」の日だったので、ゑびす神社や八坂さんに向かうのであろうおねーさん方を数人見かけました。

ぶらぶらしていると、こんな感じのお茶屋さんや・・・

こんな具合の置屋さんや・・・

こんな感じの旅館などが目に入ります。
それにしてもこの旅館の建物はなかなかいいですね。
装飾建築ってやつです。
前面だけモダンにしてるわけですが、そのセンスが悪くないなと。

さらにぶらぶらしてると、外国人向けのゲストハウスも出てきました。
この横には、怖いおにーさんの大きな事務所があって、写真撮ってたりするとギンギンに睨まれたりしますが、もちろんボクは気にしませんw

その前の高瀬川の状況は、こんな具合にゴミだらけ。
二条〜四条の間の様相とは明らかに違いますが、文句は言えませんね。
もちろん、ボクも文句は言いません。

これは五条楽園にはいって最初に目撃した人。
仲睦まじく歩く、おじさんとおばさん。
この地域、結構普通の家もあるので、一概には言えませんが、ボクとしては遊んだ後のカップルであって欲しいと思いつつパチリ。

よくわからない、壁ペインティングもありますよ。
ただの落書きに見えなかったので「なんなんだ?」と思って近くの家を見て回ったんですが、外国人の方が住んでいる家が隣にあったので、そういう関係(?)かもしれません。
この外国人の人にそのうち話を聞いてみたいなと思ってます。

 

というわけで、五条楽園。。。人はほとんどいませんでしたが、建物だけでも結構たのしめます。
いろいろ資料を見たり、ネットで調べたりしていると、もっとそれっぽい建物が紹介されていたりしますが、それと同じではつまらないし、あくまで「人」に興味があるってことで初回はこんな感じにしておきました。

今後は、「平日・昼」「平日・夜」「休日・夜」と時間を変えて見ていきたいと思います。
もしかしたら、季節によっても様子が違うかもしれないし。。。京都に住んでいる以上、じっくり攻めてみたいなと。
最終的には、おねーさんにインタビューもしてみたい。。。というか、それが本当の目的なんですw
遊びたいってのはないんですが、生き字引な方に話を聞いて自分が何を感じるか試したいっていう欲求は強烈に持っています。
もちろん不定期ですが、すべてレポートしますんでお楽しみに!


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