[二と六] 第2回 二条通を端から端まで歩いてみる

まずは東の端から

端から端まで歩いてみるということで、まずは東の端・・・白川通りとの交差点「白川二条」に行ってみました。
上の写真は、そこにある「二条通」の標識。

こんな感じで、特になにがあるってわけじゃないのですが、とりあえず白川の流れを激写しておきましたw

この辺は平安時代の院政の頃、6つの寺院が建ち並んでいて、「六勝寺」と呼ばれていたそうです。
6つの寺とは「法勝寺」「尊勝寺」「最勝寺」「円勝寺」「成勝寺」「延勝寺」ですが、この交差点の西側に「法勝寺町」というのがあって、その名残りがちょっとだけ感じられますね。
その一角を成していたのか・・・「白川院」という建物があって、いまは日本私立学校新興・共済会という団体の持ち物になっているらしいです。

これが「白川院」の門です。
べちゃぁ〜っとした感じの屋根がいい具合ですが・・・写真の露出が全然でクヤシイでっす!!w
右側の写真は、「白川院」の向かい側にダーッと広がっている京都市動物園(別名:岡崎動物園)の裏側です。
トラに襲われて飼育係の方が亡くなったってニュースが去年ありましたが、そんなことは気にせずにゴリラでも見に行きたいと思っています(この連載でも行ってみようと)。

二条大橋で、最大の敵「誘惑」と闘う

動物園の裏の塀に沿ってどんどん東にいくと、岡崎公園や平安神宮の参道や京都市美術館などを越えて、二条大橋に出ます。
岡崎公園周辺の各施設については、この連載の別の記事で書くのでここではパス。

上の写真は鴨川にかかる二条大橋の上からみた、木屋町通沿いに立ち並ぶ川床の光。
うーん・・・楽しそうだ・・・そして、おいしそうだ!
「今日は、もう暗いし、ここで止めて南に下っていこうか・・・」
と思った瞬間、実際に南に下って行ってしまいましたw

もちろん、一人で川床いってもしょうがないので、三条通まで下りて「餃子のみんみん(「みんは王辺に民」)」へ。
「闘いに敗れた戦士」は、「京都の心・みんみんの餃子」をパクついて英気を養ったのであります。

さて、西の端っこはどうなっているのか?

日を改めて二条大橋から西の端を目指して歩いてみました。
第1回で紹介した「カフェHello!」や「高倉二条」前での「闘い」には勝利し、休むことなく進みます。

やがて、前方に二条城(世界遺産とやらですわ)が見えてきます(上の写真)。
わかっていたことですが・・・「ここから先はどうなるのか?」・・・これが西の端を目指すものに課せられた使命なのです。

上の3枚の写真は堀川二条の写真です。
しば漬けの幟とともに二条通の標識。
そして、京都国際ホテルの角にあるひつこいまでの「TAXI」の看板(ってか、どこに向けてつけてんだ?こりゃw)。
さらには、京都国際ホテルの前にある「橋本左内宮居跡」の説明。

一応、先に結論から申しますと・・・地図上ではここが二条通の西の端ということになります。
でも、ボクは「そんなことはない。だってこの標識両側にとんがってんじゃん」と思い、二条城の北側の通り(竹屋町通)を通って西側に出てみました。

くっそー!ねーじゃねーか。。。

二条城の西側を上がったり、下がったり・・・何回したでしょうか?
もうどこにも「二条通」の名前はないのでした。

う〜・・・そんなことない!と意地を張って、むりやり「これ。これを二条通とする」と決めつけたのが、上の写真にある細い道です。

ずんずん進んで行くと、すぐに千本通りが見えてきます。
右の写真にある「どんな形してんだ?」とツッコミたくなるボロい建物の横から信号が見えているんですが、ここに「朱雀二条」と!!!

千本通りは平安京の真ん中を突っ切っていた大通り「朱雀通」のなれの果て(?w)のわけですが、その「朱雀」に「二条」がくっついているではありませんか。
「オレ、まさに天才。」ということで、決め付けたことに対する引け目はスーッと消えて行ったのでした。

しかし・・・ないのであった。。。

この信号を渡って、まっすぐいくと商店街があります。
これがまさに「朱雀二条商店街」という名前です。
しかし、400m程でおわっちゃうんですよね。。。しかも、どこにも「二条通」とは書いてない。。。
上の写真が朱雀二条商店街の終点にあった表示です。

そんなわけで、「朱雀二条という交差点があった」「朱雀二条商店街があった」という以外は結局謎として残ってしまいました。
しかし、途方に暮れるわけにもいかないので、とりあえず商店街のとある店のばーさんに聞いてみることに。

結局、

  • この道は「太子道」とよばれてる
  • 少しいくと、「太子道」と「旧二条通」が平行して走っているところがある
  • さらにいくとまた「太子道」だけになる

ということが、激しい問答の末に判明しました。
ばばあ、手強かったぜ(でも、ありがとう!)。

太子道は結局「旧二条通」の別名にすぎないのであった

ずんずんとさらに西に「太子道」を歩いていくと、とぎれとぎれに商店街・・・名前は書いてない・・・が現れます。
都合2つの商店街があった気がします。
これらも、さっきのとあわせて「朱雀二条商店街」なんでしょうか?

すごくのんびりしてる道で、ゆっくりゆっくりと歩くのにぴったり。
商店街の店は、一つ一つをとってみると、別におもしろくもなんともないわけですが、のんびりと歩いているとなんだかいい感じではあります。
上右の写真は、かまぼこ屋さんの電飾広告塔。
最初は銭湯の煙突か何かだと思ったのですが、「蒲鉾」の文字がキラーんと光っております(電気はついてなかったけど)。
この下にかまぼこ工場&店舗があって、老舗らしい店構えです。
きっと、この電飾広告塔は目立ちたがりの昭和世代の先代が「やらかし」ちゃったんでしょうね。
そんな想像をしてたら、なんとも微笑ましい感情がこみあがってきましたよw

そして、いくら進んでも「二条通」の文字が見えなかったので、またしても通りすがりのじーさんに聞いてみました。
すると、どうやら「太子道」というのは「旧二条通」の別名であるということを一生懸命伝えようとしてくれている様子。
「両者は別の道」と思い込んでたので、最初はまったく何を言ってるのかわからなかったのですが、徐々に氷解。
一部、「太子道」「旧二条通」が平行している部分があるのは、上の写真にあるような細い商店街の道と、車が通る広めの道を区別して言っているだけらしいです。

さあ、ゴールだ

商店街の太子道は途中で広い車が通る道「旧二条通」と合流して「太子道」とよばれる道になります(←ここむずかしいぞw)。

太子道をどんどん西に行くと、ようやく西側の山並が見えてきました(上の写真)。

さらに西に行くと、ついに「天神川通り」にぶつかり、太子道はなくなってしまいました。
上左の写真が、天神川通りとの交差点(歩道が狭いので、おばはんがミキレてるw なんちゅう髪型してんねん!)。
上右の写真は、さらに西に行こうとすればここしかない!という細い道の入り口です。

しかし・・・実はこの辺、ボクの家の近くでして(「はるやま」ではスーツは買わないけどね)、この細い道を行くとどうなるか知っているので、疲労困憊している為無茶なネタつくりは止めておくことにしました(この先、畑があって道は完全になくなる)。

というわけで、旧二条通を二条通と認めるとすると・・・西の端は「紳士服のはるやま」でした。

次回は

いやー、二条通ながかったです。
でも、次回はついに未開の六条通を東から西まで歩いてみることにしましょう。
やっぱり、一回通してみとかないとねw
お楽しみに!


より大きな地図で 京都の通り 二と六 を表示

関連記事